期待の新薬、ゼップバウンドって何!?

「痩せたいけれど、どうしても食欲に勝てない」 「運動や食事制限を頑張っても、体重が減らない」

そんな悩みを抱え、自分を責めてしまう患者さんを私はこれまで何人も診てきました。 肥満は決して「意志の弱さ」だけが原因ではありません。 ホルモンバランスや脳の働きが関わる、複雑な病態なのです。

今、世界中で大きな注目を集めている薬があります。 それが「ゼップバウンド(Zepbound)」です。

米国で承認され「夢の肥満治療薬」と騒がれているこの薬。 「名前は聞くけど、何がすごいの?」 「糖尿病の薬とは違うの?」 そんな疑問をお持ちの方も多いでしょう。

この記事では、糖尿病専門医である私の視点から、ゼップバウンドの正体と、その驚くべき効果について、科学的根拠(エビデンス)を交えて徹底解説します。

ゼップバウンドの正体=チルゼパチド

結論から言いましょう。 ゼップバウンドの正体は、「チルゼパチド」という成分です。

糖尿病の治療を受けている方なら、ピンときたかもしれません。 そうです。日本ですでに糖尿病治療薬として使われている「マンジャロ」と全く同じ成分です。

  • マンジャロ:2型糖尿病の治療薬としての名前
  • ゼップバウンド:肥満症の治療薬としての名前

中身は同じですが、使う目的と対象となる患者さんが異なります。

製剤は週1回自己注射する必要があります。

なぜこれほど体重減少に寄与しうるのか?

従来のダイエット薬と何が違うのでしょうか。 それは「ダブルの作用」を持っている点です。

これまで主流だった「ウゴービ(セマグルチド)」などは、GLP-1という1つのホルモンに作用する薬でした。 一方で、ゼップバウンド(チルゼパチド)は、以下の2つのホルモン受容体に同時に作用します。

  1. GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)
  2. GIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)

この2つは、どちらも食後に腸から出るホルモンです。 脳に働きかけて「もうお腹いっぱい」というサインを送ったり、胃の動きを緩やかにしたりします。

ゼップバウンドは、この2つのスイッチを同時に押すことで、これまでにない強力な食欲抑制効果を発揮するのです。

驚愕のエビデンス:体重減少に寄与するの?

では、実際の臨床試験の結果を見てみましょう。 医学界で最も権威ある雑誌に掲載された、信頼性の高いデータをご紹介します。

研究1:糖尿病のない肥満の方への効果(SURMOUNT-1試験)

まずは、「糖尿病ではないけれど肥満がある人」を対象とした研究です。 世界9カ国で実施された大規模な臨床試験の結果が、2022年の『New England Journal of Medicine』で発表されました1

この研究では、2539人の参加者を以下のグループに分け、72週間(約1年半)の経過を観察しました。

  • プラセボ(偽薬)グループ

Jastreboff ら(2022)N Engl J Med を参考に筆者作成


【結果】 結果は衝撃的でした。 15mgを投与したグループでは、なんと平均で体重の20.9%もの減量が認められたのです。

体重100kgの人であれば、約21kgも減る計算になります。 一方で、プラセボグループの減量は3.1%にとどまりました。 さらに、15mgグループの参加者のうち、57%の人が20%以上の減量に成功しています。

これは、外科的な肥満手術(胃バイパス手術など)に匹敵する効果です。 これまでの「飲み薬や注射」の常識を覆すデータでした。

研究2:糖尿病のある肥満の方への効果(SURMOUNT-2試験)

次に、私が専門とする「2型糖尿病を合併している肥満の方」への効果です。 一般的に、糖尿病の患者さんは、そうでない人に比べて体重が落ちにくい傾向があります。

この研究結果は、2023年に『The Lancet』で発表されました2。 938人の「肥満または過体重のある2型糖尿病患者」を対象としています。

【結果】 72週間後、15mgを投与したグループでは、平均で体重の15.7%の減量が認められました。 プラセボグループは3.3%の減量でした。

糖尿病のない人に比べると数値はやや控えめですが、それでも15%以上の減量は驚異的です。 さらに、血糖コントロールの指標であるHbA1cも劇的に改善しました。 参加者の約半数が、HbA1c 5.7%未満という「正常レベル」まで回復したのです。

比較:他の薬よりすごいの?

「ウゴービ(セマグルチド)とどっちがいいの?」という質問もよく受けます。 直接比較した研究でも、チルゼパチドの方が体重減少効果が高い傾向が示唆されています。

しかし、効果が高いということは、それだけ体への影響も大きいということです。 次項で、専門医としての注意点をお話しします。

専門医からのアドバイス:光と影

ここまで読むと、「すぐにでも使いたい!」と思われるかもしれません。 しかし、効果の裏には、必ず注意すべき点があります。

1. 副作用は「消化器」に来る

最も多い副作用は、吐き気、下痢、便秘などの消化器症状です。 SURMOUNT-1試験では、チルゼパチド投与群の多くがこれらの症状を経験しました。 特に投与を始めた初期や、量を増やしたタイミングで強く出ます。 「気持ち悪くて食べられないから痩せる」という側面も否定できません。

2. 「やめたら戻る」という現実

これが最も重要な点です。 「薬で痩せたから、もう大丈夫」ではありません。 SURMOUNT-4試験という別の研究では、薬を途中でやめた人の体重が、再びリバウンドしていく様子が確認されています。

薬はあくまで「きっかけ」や「サポート」です。 服薬している期間中に、いかに食事や運動の習慣を変えられるか。 それが、真の成功の鍵を握っています。

3. 日本での適応とコスト

現在、日本国内でもチルゼパチドは使用可能です。 しかし、保険適用には厳しい条件があります(高血圧や脂質異常症などの合併症があり、BMI要件を満たす、など)。 「ちょっと痩せたいから」という美容目的での使用は推奨されませんし、自費診療となれば非常に高額です。

日本での保険適応は
・BMIが27以上で、肥満に関連する代謝障害が2つ以上ある、あるいはBMIが35以上

・6か月以上の栄養指導を受けても体重減少効果が十分に得られない場合に限る

・脂質異常症、高血圧などの治療を受けている
などの条件があります。

結語:ゼップバウンド=魔法の杖ではありませんが…

ゼップバウンド(チルゼパチド)は、肥満治療の歴史を変える強力なツールです。 20%近い減量効果は、これまで手術でしか成し得なかった領域です。 糖尿病や肥満に苦しむ多くの患者さんにとって、大きな希望の光であることは間違いありません。

しかし、これは「魔法の杖」ではありません。 薬に頼るだけでなく、生活習慣を見直す覚悟が必要です。

もしあなたが、高度な肥満やコントロール不良の糖尿病で悩んでいるなら、一度主治医に相談してみてください。 あなたの状態に合わせ、最適な治療法を一緒に考えてくれるはずです。 医学は日々進歩しています。 一人で抱え込まず、私たち専門家を頼ってください。

参考文献

  1. Jastreboff AM et al. Tirzepatide Once Weekly for the Treatment of Obesity. N Engl J Med. 2022 Jul 21;387(3):205-216.
  2. Garvey WT, et al. Tirzepatide once weekly for the treatment of obesity in people with type 2 diabetes (SURMOUNT-2): a double-blind, randomised, multicentre, placebo-controlled, phase 3 trial. Lancet. 2023 Aug 19;402(10402):613-626.

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この記事を書いた人
都内の総合病院で糖尿病や内分泌疾患を専門に診療している医師です。総合内科専門医/糖尿病専門医/内分泌代謝科専門医/医学博士。年間2000人以上の糖尿病患者さんを診察しながら、学会発表や研究活動も行っています。このブログでは、日々の診療で感じた「患者さんが本当に知りたいこと」「わかりづらい医療情報をわかりやすく伝えること」を大切にしています。正しい知識を知ることが、安心への第一歩になりますように。