糖尿病の症状とは?専門医が徹底解説

なぜ、今まで気づかなかったのか?

突然「糖尿病です」と告げられ、きっと驚かれていることでしょう。多くの方は、健康診断で血糖値の高さを指摘されて初めて知ります。その時、「でも、自覚症状は全くないのに…」と感じるのが普通です。

その「症状がない」ことこそが、糖尿病、特に日本人の約95%を占める2型糖尿病の大きな特徴なのです。

2型糖尿病は、何年もかけてゆっくりと進行します。

初期の段階では、血糖値が少し高い程度では症状はほとんど現れません1

そのため、ご自身で気づくのは非常に難しく、診断が遅れがちになります。研究によっては、2型糖尿病の方の4人に1人は、自分が糖尿病であることに気づいていないという報告もあります2

この記事では、あなたが抱える「なぜ?」という疑問に答えていきます。まず、症状がどのようにして現れるのか、その体のメカニズムを解説します。そして、最新の研究データ(エビデンス)を基に、どのような症状が実際にみられるのか、また症状がないことの本当の意味について、専門医の視点から詳しくお話しします。

症状が生まれる、からだのメカニズム

糖尿病の症状を理解する鍵は、「高血糖」が引き起こす体内の変化にあります。特に典型的な症状は、「浸透圧利尿」という現象によって説明できます。

高血糖が引き起こす「浸透圧利尿」とは

私たちの体には、腎臓という血液をろ過する高性能なフィルターがあります。健康な状態では、腎臓は血液中のブドウ糖を回収し、体内に留めます。しかし、糖尿病で血糖値が非常に高くなると、このフィルターの能力を超えてしまいます。

その結果、処理しきれなかったブドウ糖が尿の中にあふれ出てきます(尿糖)。ここで重要なのが、ブドウ糖は水分を引き寄せる性質を持っていることです。尿の中に大量のブドウ糖があると、まるでスポンジが水を吸うように、体の中から水分を尿へと引っ張り出してしまいます。この現象が「浸透圧利尿」です。

典型的な症状:のどの渇き、頻尿、体重減少の科学的根拠

この浸透圧利尿が、糖尿病の代表的な症状を引き起こします。

  • 頻尿・多尿(尿の回数や量が増える)浸透圧利尿によって、体は大量の水分を尿として排出しようとします。その結果、トイレに行く回数が増え、一回の尿の量も多くなります。特に夜中に何度もトイレに起きるようになったら注意が必要です。
  • 口渇・多飲(のどが渇き、水分をたくさん飲む)尿として大量の水分が失われるため、体は脱水状態に陥ります。すると、体は水分を補給しようとして、脳に強い信号を送ります。これが、異常なほどのどの渇き(口渇)となって現れ、たくさんの水分を飲みたくなる(多飲)のです。
  • 体重減少(食べているのに痩せる)これは、体内の「エネルギー危機」が原因です。血液中にはエネルギー源であるブドウ糖がたくさんあるにもかかわらず、インスリンの働きが悪いため、細胞がブドウ糖を取り込んで利用できません。エネルギー不足に陥った体は、代わりの燃料として筋肉や脂肪を分解し始めます。そのため、食事をしっかり摂っていても、体重が減ってしまうのです。

これらの症状は、体が深刻な高血糖状態に悲鳴を上げているサインです。つまり、症状が現れた時点で、病状はかなり進行している可能性が高いことを示しています。これは、体の防御システムが限界に達したことを意味するのです。

症状に関するエビデンスの紹介:研究データが示す症状の真実

「のどが渇く、尿が多い、痩せる」というのが典型的な症状ですが、実際にはもっと多様なサインが現れることが研究でわかっています。

診断時にどのような症状が、どのくらい見られるのか

近年の大規模な研究では、糖尿病と診断された時に患者さんが訴える症状は非常に多岐にわたることが示されています。例えば、100万人以上の2型糖尿病患者のデータを解析したある研究では、これまであまり注目されてこなかった症状も糖尿病と関連が深いことがわかりました3

糖尿病と関連のある症状として挙げられるのは以下の通りです。

症状有病率 (%)補足
倦怠感・疲労感80%以上男女ともに非常に多く見られる症状です。
原因不明の体重減少66%以上食べているのに痩せるという典型的な症状です。
のどの渇き男性: 25.2% 女性: 66.8%女性で特に顕著に見られる傾向があります。
頻尿男性: 36.1% 女性: 18.9%男性でより多く報告されています。
痛み(筋肉痛など)約60%糖尿病との関連が見過ごされがちな症状です。
胸やけ約25%消化器系の症状も少なくありません。
睡眠障害約18%疲労感とも関連している可能性があります。


この他にも、視界がかすむ(かすみ目)、傷が治りにくい、皮膚の感染症(特にカンジダなど)を繰り返す、手足のしびれや痛みといった症状も、高血糖が原因で起こり得ます。

症状がないことの危険性:無症候性高血糖のリスク

ここが最も重要なポイントです。症状がないからといって、決して安心はできません。自覚症状がない「無症候性高血糖」の状態でも、体内では静かに血管へのダメージが進行しているのです。

この事実は、複数の大規模な研究によって裏付けられています。

ある研究では、症状のない高血糖が、心筋梗塞や狭心症といった虚血性心疾患の独立した危険因子であることが結論づけられました4。特に、心臓病の既往がない男性において、血糖値が最も高いグループは、それ以外のグループに比べて、重大な心臓病イベントを発症するリスクが1.5倍、死亡に至る心臓病イベントのリスクは1.8倍も高かったのです。

さらに、女性においても、症状のない高血糖は心臓病による死亡リスクを高めることが報告されています 5


つまり、症状の有無にかかわらず、血糖値が高い状態が続くこと自体が、心臓、脳、腎臓、目、神経など、全身の血管を傷つけ、深刻な合併症を引き起こすリスクとなるのです。

治療の目的は、今ある症状を和らげることだけではありません。むしろ、将来起こりうるこれらの重篤な合併症を未然に防ぐことにあるのです。

専門医の視点からのアドバイス

科学的な知識を踏まえ、日常生活で気をつけていただきたい点を具体的にアドバイスします。

注意すべき「からだのサイン」チェックリスト

ご自身の体調を客観的に見つめるために、以下のチェックリストを活用してください。一つでも当てはまる場合は、かかりつけ医にご相談ください。

典型的な高血糖のサイン

  • 夜中に何度もトイレに起きるようになった
  • 常にのどが渇き、口の中が乾燥している
  • 食事量は変わらない、あるいは増えたのに体重が減った
  • 十分に休んでも、強い疲労感やだるさが抜けない

見過ごされがちな全身のサイン

  • ものが見えにくく、視界がかすむことがある
  • ちょっとした切り傷や擦り傷が治りにくい
  • 皮膚のできものや、陰部のかゆみ(カンジダ症)を繰り返す
  • 手や足の先がジンジンとしびれたり、痛みを感じたりする
  • 歯ぐきが腫れやすく、赤くなることがある
  • 原因のわからない胸やけや胃の不調が続く

症状がなくても治療が不可欠な理由

繰り返しになりますが、症状がないからといって治療の必要がないわけでは決してありません。
糖尿病の治療は、将来のあなたの健康を守るための「先行投資」です。

適切な血糖管理を続けることで、失明につながる網膜症、人工透析が必要になる腎症、足の切断に至る可能性のある神経障害、そして命に関わる心筋梗塞や脳卒中といった深刻な合併症のリスクを確実に減らすことができます6

すぐに医療機関を受診すべき危険な症状

非常にまれですが、極端な高血糖は命に関わる状態(糖尿病ケトアシドーシスや高浸透圧高血糖状態)を引き起こすことがあります。高血糖を指摘されている方のなかで、以下のような症状が急に現れた場合は、迷わず救急外来を受診するか、救急車を呼んでください。

  • 強い吐き気や嘔吐、激しい腹痛がある
  • 息が苦しい、深く大きな呼吸をしている
  • 息が果物のような甘い匂いがする
  • 意識がもうろうとする、呼びかけへの反応が鈍い

結語:診断は「終わり」ではなく、健康な未来への「始まり」

糖尿病の症状について解説してきましたが、最もお伝えしたいのは、診断を前向きに捉えていただきたいということです。

多くの場合、糖尿病は静かに始まります。症状が現れるのは、体が助けを求めているサインです。そして、症状がないからこそ、健康診断などで早期に発見できたことは幸運なことでもあります。なぜなら、あなたは血管に深刻なダメージが及ぶ前に、対策を始めるチャンスを得たからです。

診断は、あなたの人生の終わりを意味するものでは決してありません。むしろ、ご自身の体と向き合い、より健康的な生活習慣を築いていくための「始まり」の合図です。正しい知識を身につけ、私たち専門家と一緒に治療に取り組むことで、合併症を防ぎ、健やかな未来を築くことは十分に可能です。あなたの新しい章が、希望に満ちたものになるよう、全力でサポートさせていただきます。

参考文献

  1. Kitabchi AE, et al. Diabetes Care. 2009;32:1335-43. 
  2. Umpierrez G, et al. Nat Rev Endocrinol. 2016 Apr;12(4):222-32.
  3. Brady V, et al. Diabetes Spectr. 2022;35(2):159-170.
  4. Ramachandran A. Indian J Med Res. 2014 Nov;140(5):579-81.
  5. Mykkänen L, et al. Diabetes Care. 1992 Aug;15(8):1020-30.
  6. Type 2 diabetes – Symptoms and causes – Mayo Clinic

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この記事を書いた人
都内の総合病院で糖尿病や内分泌疾患を専門に診療している医師です。総合内科専門医/糖尿病専門医/内分泌代謝科専門医/医学博士。年間2000人以上の糖尿病患者さんを診察しながら、学会発表や研究活動も行っています。このブログでは、日々の診療で感じた「患者さんが本当に知りたいこと」「わかりづらい医療情報をわかりやすく伝えること」を大切にしています。正しい知識を知ることが、安心への第一歩になりますように。