【専門医が解説】トカゲの毒から始まった奇跡の薬?GLP-1とGIP作動薬の歴史と進化【オゼンピック/マンジャロ】

糖尿病と診断されたあなたへ
「糖尿病です」。そう告げられた時、多くの方が大きなショックを受け、これからの生活に不安を感じることでしょう。しかし、糖尿病治療はここ数十年で劇的に進歩しています。特に、今回ご紹介する「インクレチン関連薬」は、糖尿病治療の世界に革命をもたらした薬です。
この記事では、専門医の視点から、この薬がどのような歴史をたどって私たちの元に届いたのかを、最新のエビデンスを交えながら解説します。この薬の物語を知ることで、ご自身の治療への理解が深まり、前向きな気持ちになる一助となれば幸いです。
GLP-1受容体作動薬とは何か?
まず、GLP-1という物質についてお話しします。GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)は、もともと私たちの小腸から分泌されるホルモンです。食事をして血糖値が上がると分泌され、膵臓に働きかけてインスリンの分泌を促す役割を担っています。
面白いことに、このGLP-1は血糖値が高い時にだけインスリン分泌を促します。つまり、血糖値が低い時には作用しないため、単独では低血糖を起こしにくいという、非常に優れた特性を持っています。さらに、胃の動きを緩やかにして食後の血糖値の急上昇を抑えたり、脳に働きかけて食欲を抑制したりする効果も知られています。
この素晴らしいホルモンであるGLP-1を、薬として利用しようというのが「GLP-1受容体作動薬」です。
しかし、開発には大きな壁がありました。体内のGLP-1は、分泌されると「DPP-4」という酵素によって、わずか数分で分解されてしまうのです。これでは薬として効果を持続させることができません。
この問題を解決する鍵は、意外な生物が持っていました。
エビデンスの紹介①:アメリカドクトカゲが教えてくれたこと
1990年代、研究者たちはある生物の唾液に注目します。それは、アメリカ南西部に生息する「アメリカドクトカゲ(Gila monster)」です。このトカゲは、年に数回しか食事をしないにもかかわらず、血糖値を安定させられる特殊な能力を持っていました。その秘密は、唾液に含まれる「エキセンディン-4」という物質にありました。
驚くべきことに、このエキセンディン-4は、人間のGLP-1と構造が似ており、同じように血糖値を下げる作用を持っていました。そして何より、人間の体内でGLP-1を分解するDPP-4酵素の影響を受けにくく、効果が長く続く特性を持っていたのです1
この発見がブレークスルーとなり、エキセンディン-4を元にした世界初のGLP-1受容体作動薬「エキセナチド」が開発され、2005年にアメリカで承認されました。当初は1日2回の注射が必要でしたが、糖尿病治療に新たな道を開いた画期的な出来事でした。
エビデンスの紹介②:進化するGLP-1と心血管疾患への挑戦
エキセナチドの登場後、研究者たちはさらに効果が長く、使いやすい薬の開発を進めました。その結果、1日1回投与の「リラグルチド」、そして週1回投与の「デュラグルチド」や「セマグルチド」といった薬が次々と登場し、患者さんの負担は劇的に軽減されました。
さらに、この薬の研究は新たなステージへと進みます。それは「血糖値を下げる」だけでなく、「心臓や血管を守る効果があるのではないか?」という検証です。
この問いに答えたのが、大規模臨床試験である「LEADER試験」です。この研究では、リラグルチド(製品名:ビクトーザ)を投与された群で、プラセボ(偽薬)群と比較して、心血管イベントの発生率が13%も有意に減少しました2。

糖尿病治療薬ひとつで「心血管イベントの発生率を下げる」結果を出せた薬はそれまでありませんでしたので、大変衝撃的な結果でした。
エビデンスの紹介③:心血管疾患保護作用の発展
同様に、セマグルチド(製品名:オゼンピック)を用いた「SUSTAIN-6試験」でも、心血管イベントを26%有意に抑制するという素晴らしい結果が示されました3。リラグルチド(製品名:ビクトーザ)は毎日の注射でしたが、セマグルチド(製品名:オゼンピック)という週1回注射の製剤が、それと同様の心血管疾患からの保護効果を持つことは大きな衝撃でした。
これらの研究は、GLP-1受容体作動薬が、単なる血糖降下薬ではなく、生命予後をも改善しうる薬剤であることを科学的に証明したのです。
さらなる進化:2つのホルモンを操るGIP/GLP-1デュアルアゴニストの登場
GLP-1受容体作動薬の登場は革命的でしたが、科学の歩みは止まりません。実は、食事の後に分泌されるインクレチンホルモンはGLP-1だけではありません。もう一つ、「GIP(グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド)」という重要なホルモンがあります。
長年、GIPは2型糖尿病患者さんではその効果が弱まるため、治療の標的としては注目されていませんでした。しかし、その後の研究で「GLP-1とGIP、両方の受容体を同時に刺激すれば、相乗効果でより強力な効果が得られるのではないか」という新しい仮説が生まれました。
この考えを基に開発されたのが、世界初のGIP/GLP-1デュアル受容体作動薬「チルゼパチド」(製品名:マンジャロ)です。この薬は、糖尿病治療の歴史をさらに塗り替えるほどのインパクトを持って登場しました。
その実力は「SURPASS-2試験」という臨床研究で証明されています。この試験では、チルゼパチドと、非常に効果の高いGLP-1受容体作動薬であるセマグルチドを直接比較しました。その結果は驚くべきもので、チルゼパチドは血糖コントロール(HbA1cの低下)と体重減少の両方において、全ての用量でセマグルチドを上回る効果を示したのです4。
さらに、「SURMOUNT-1試験」では、糖尿病ではない肥満症の方々を対象にチルゼパチドの効果が検証されました。その結果、最大用量を投与された群では、実に平均20%以上という、これまでの薬では考えられなかったレベルの体重減少を達成しました5。これはもはや、外科手術に匹敵するほどの効果であり、大きな注目を集めています。
専門医の視点からのアドバイス

GLP-1受容体作動薬、そしてGIP/GLP-1受容体作動薬の登場により、治療の選択肢は大きく広がりました。専門医として、これらの薬の利点をまとめると以下のようになります。
- 極めて強力な血糖改善効果:特にGIP/GLP-1作動薬は、これまでの薬を凌駕する効果を示します。
- 低血糖のリスクが低い:血糖値に依存して作用するため、単独使用では低血糖を起こしにくいです。
- 画期的な体重減少効果:食欲抑制作用により、多くの方で大幅な体重減少が期待できます。
- 心血管・腎臓の保護効果:GLP-1作動薬では、心筋梗塞や脳卒中、腎症の進展を抑制する効果が証明されています。GIP/GLP-1作動薬についても現在検証が進んでいます。
もちろん、治療初期には吐き気や便秘、下痢といった消化器症状が出ることがありますが、多くは治療を続けるうちに軽快します。大切なのは、副作用についても主治医とよく相談し、少量からゆっくりと治療を開始することです。
結語:未来への希望
一匹のトカゲの唾液から始まったインクレチン治療薬の物語は、科学者たちの飽くなき探求心の結晶です。GLP-1という単一のホルモン模倣から、GIPとGLP-1という2つのホルモンを同時に操る薬へと、その進化は今この瞬間も続いています。
この歴史は、糖尿病治療が「血糖値を管理する」時代から、「合併症を防ぎ、体重を適正化し、健康寿命を延ばす」時代へと移行したことを象徴しています。
この記事が、あなたの病気への理解を深め、治療への希望を見出すきっかけになれば、これに勝る喜びはありません。わからないこと、不安なことは、いつでも主治医に相談してください。私たちは、いつでもあなたの味方です。
参考文献
[1] Eng J, et al. J Biol Chem. 1992 Apr 15;267(11):7402-5.
[2] Marso SP, et al. N Engl J Med. 2016 Jul 28;375(4):311-22.
[3] Marso SP, et al. N Engl J Med. 2016 Nov 10;375(19):1834-1844.
[4] Frías JP, et al. N Engl J Med. 2021 Aug 5;385(6):503-515.
[5] Jastreboff AM, et al. N Engl J Med. 2022 Jul;387(3):205-216.
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