糖尿病と運動療法:正しい始め方

主治医に「血糖値のために運動しましょう」と言われた。
しかし、何をどれだけすればよいか、実際よくわからない。
そんな人は多いと思います。
そこで本記事では、日本のガイドラインをもとに、運動療法の基本をわかりやすく解説します。
解説:運動療法の役割と意義
糖尿病では、血糖を効率よくエネルギーに変える働きが低下します。
ここで運動は、二つの重要な効果をもたらします。
第一に、筋肉による糖取り込みの促進です。
運動により、インスリンがなくても血糖が筋肉に取り込まれる経路の活性が高まります。
第二に、インスリン抵抗性の改善です。
定期的な運動により、インスリンが効きやすい体質に近づきます。
これは日常生活の血糖コントロールを楽にしてくれます。
さらに、運動は体重減少、脂質異常症の改善、高血圧予防、うつ症状の軽減にも効果的です。
つまり、糖尿病だけでなく、生活習慣病全体の予防にもつながるのです。

運動には血糖降下に有効な様々な要素が詰まっています。すこしからでもよいのでぜひ始めましょう。
エビデンス紹介:日本の基準と研究データ
では、具体的にどのような運動が推奨されているのでしょうか?
ここでは、日本糖尿病学会のガイドライン1を紹介します。
まず、推奨される運動量は以下の通りです。
- 有酸素運動:1回30分以上、週に3回以上(できれば毎日)
- 筋力トレーニング:週に2〜3回、主要筋群を中心に
中等度の強度(ややきついと感じる程度)が目安です。
例えば、早歩き、水泳、サイクリング、軽い筋トレなどが挙げられます。
また、座りっぱなしを避けることも重要です。
1時間座ったら立ち上がって体を動かすだけでも、血糖改善に役立ちます2。
実際、日本人対象の多施設研究であるJ-DOIT3では、生活習慣改善を行った群で有意なHbA1c低下と心血管リスクの低減が報告されています3。
この結果からも、運動療法の有効性が裏付けられます。
特に有効なレジスタンストレーニングとは
インスリン感受性を高める
まず、レジスタンストレーニングにはインスリン感受性を改善する効果があります。
筋肉量が増えることで、血糖を取り込む能力が高まるためです。
その結果、血糖コントロールがしやすくなります。
週2回のレジスタンストレーニングによってHbA1cが有意に低下したことが示されています。
筋肉量の維持・増加
糖尿病患者さんでは、サルコペニア(筋肉減少)が進みやすいことが知られています。
ここで、筋力トレーニングは筋肉量の維持・増強に直接つながります。
筋肉量が保たれることで、基礎代謝も維持され、体重管理や生活の質(QOL)の向上にも貢献します。
心血管リスクの低下
さらに注目すべきは、心血管疾患リスクを下げる効果です。
レジスタンストレーニングは血圧を下げ、脂質プロファイルを改善し、内臓脂肪も減少させます。
そのため、単なる血糖値改善にとどまらず、全身の健康維持にも寄与することがわかっています。
有酸素運動との併用が最も効果的
ただし、レジスタンストレーニング単独よりも、
有酸素運動と組み合わせた方が、HbA1c低下効果は大きいこともわかっています。
たとえば、Umpierreらのメタアナリシスでは、
「有酸素運動+筋トレ」群のHbA1c低下量は、単独運動よりも優れていたと報告されています。
このため、日本糖尿病学会も「有酸素運動+レジスタンストレーニング併用」を推奨しています1。
糖尿病患者さんに推奨できるレジスタンストレーニング例

- スクワット
- 足を肩幅に開き、ゆっくり膝を曲げて腰を落とす
- いすに座る・立つを繰り返す「いすスクワット」でも可
- かかと上げ(カーフレイズ)
- 壁やいすにつかまりながら、つま先立ちをして戻す
- ふくらはぎの筋肉を鍛える
- 立ったまま膝上げ(マーチング)
- その場で膝を高く上げながら足踏み
- 太ももと股関節周りを強化できる
- 壁腕立て伏せ(壁プッシュアップ)
- 壁に向かって立ち、腕立て伏せの要領で体を押し戻す
- 上半身の筋力をやさしく鍛えられる
- チューブを使った腕引き(ローイング運動)
- エクササイズチューブを持って、胸を張りながら引き寄せる
- 背中と腕の筋肉を強化できる
- ペットボトルを使ったアームカール
- 500mlのペットボトルを両手に持ち、肘を曲げ伸ばし
- タオルを使った肩回し
- タオルをピンと張って持ち、頭上で円を描くように回す
- 肩関節の可動域を保ち、怪我予防にも
ポイント
- 回数目安:1種目につき10〜15回を1セット、無理なくできる範囲で2〜3セット
- 頻度:週2〜3回(できれば間に休息日を挟む)
- 注意:息を止めず、リズミカルに動作。急激な動き・無理な負荷は避ける。

ケガをしてしまわないように、弱い負荷、少ない回数からはじめましょう。
専門医の視点:現場で伝えたいポイント
ここからは、実際に患者さんと向き合ってきた立場から、現実的なアドバイスをします。
まず、運動は「完璧を目指さず、できることから」始めるべきです。
いきなりジムに通ったり、毎日走ったりする必要はありません。
散歩、買い物、家事の中で意識的に体を動かすだけでも効果はあります。
また、強度を上げすぎないことも大切です。
特に高齢者や心疾患リスクのある方は、無理な運動は逆効果です。
医師や運動指導士と相談しながら、安全なプランを立てましょう。
さらに、血糖自己測定も有効です。
運動前後で血糖を測り、効果を「見える化」することで、継続のモチベーションが高まります。
結語:小さな一歩を積み重ねよう
運動療法は、糖尿病治療の中心的な柱です。
日本のガイドラインも、世界の研究も、その有効性を示しています。
「何をしていいかわからない」という不安を感じるのは自然です。
しかし、小さな一歩でも踏み出せば、体は確実に変わっていきます。
無理せず、焦らず。
今日の一歩が、未来の健康を作ると信じて進みましょう。
参考文献
- 日本糖尿病学会 編・著. 糖尿病治療ガイド2024-2025. 南江堂, 2024.
- Yates T, Henson J, Edwardson C, et al. Diabetes Ther. 2021;12(5):1245-1259.
- Ueki K, Sasako T, Okazaki Y, et al. JAMA. 2017 Jul 11;317(19):1977-1986.

この記事を書いた人
都内の総合病院で糖尿病や内分泌疾患を専門に診療している医師です。総合内科専門医/糖尿病専門医/内分泌代謝科専門医/医学博士。年間2000人以上の糖尿病患者さんを診察しながら、学会発表や研究活動も行っています。このブログでは、日々の診療で感じた「患者さんが本当に知りたいこと」「わかりづらい医療情報をわかりやすく伝えること」を大切にしています。正しい知識を知ることが、安心への第一歩になりますように。