ワインは糖尿病に良い?

食事や生活習慣について多くの疑問や不安を抱えている方がいらっしゃると思います。
「赤ワインは体に良いって聞いたけれど、糖尿病でも大丈夫?」そんな声もよく耳にします。特にワインに関しては健康的なイメージを持つ方もいるかもしれません。
この記事では、糖尿病専門医の立場から、ワインと糖尿病の関係について、最新のエビデンスを交えながら詳しく解説します。
ワインは本当に糖尿病に良いのか、飲む場合に注意すべき点は何か、一緒に見ていきましょう。
「フレンチパラドックス」とは?

ワインと糖尿病の関連を語るうえで外せないのが「フレンチパラドックス」。
これは、フランス人の食生活に関する興味深い現象です。
フランス人は、バターや肉など飽和脂肪酸を多く含む食事をしています。そして、飽和脂肪酸の摂りすぎは心臓病のリスクを高めると考えられています。しかし、フランス人の心臓病による死亡率は、他の欧米諸国と比べて低い傾向にあります。この「矛盾(パラドックス)」がフレンチパラドックスと呼ばれています。
この理由の一つとして注目されたのが、フランス人が日常的に飲んでいる赤ワインです。赤ワインには「ポリフェノール」という成分が豊富に含まれています。特に「レスベラトロール」というポリフェノールには、抗酸化作用など体によい働きがある可能性が報告されています。これが、「赤ワインは健康によい」というイメージにつながった一因です。

しかし、 このフレンチパラドックスは、ワインだけが理由とは限りません。地中海式の食事パターンや、食事を楽しむライフスタイルなど、他の要因も複合的に関わっていると考えられています。単純に「ワインを飲めば健康になれる」と考えるのは早計です。
ワイン(アルコール)と健康に関するエビデンス
では、科学的な研究では、ワインを含むアルコールと健康について、どのようなことが分かっているのでしょうか。
飲酒量と死亡リスク・心血管疾患リスク
アルコールと健康の関係でよく知られているのが、「Jカーブ効果」です。これは、少量のアルコール摂取者、が全く飲まない人と比較して死亡リスクや心血管疾患のリスクが低いという関係を示すものです。

例えば、多くの研究を統合したメタアナリシスと呼ばれる研究1では、適量の飲酒(純アルコール換算で1日あたり男性で20g程度、女性で10g程度まで)が、心血管疾患のリスクをわずかに下げる可能性が示唆されました。ワインで言えば、グラス1~2杯程度に相当します。
しかし、注意が必要です。これはあくまで「飲酒習慣のある人の中で比べた場合」の話です。飲酒習慣のない人に、飲み始めることを推奨するものでは全くありません。また、少量の飲酒でも、がんのリスク(特に乳がんなど)を高める可能性も指摘されています。
さらに、飲酒量が増えれば増えるほど、健康への悪影響は明らかです。大規模な研究2では、アルコールの摂取量が増えるほど、脳卒中、心不全、高血圧関連疾患、大動脈瘤などのリスクが高まることが報告されています。
そして、結果的に総死亡リスクも上昇することが示されています。
飲み過ぎは百害あって一利なしと言えるでしょう。

医学的に安全といえるのは下記の量までです。
男性:ビール500ml週5日まで
女性:男性の半分まで
赤ワインのポリフェノールの効果
赤ワインに含まれるレスベラトロールなどのポリフェノールには、抗酸化作用や抗炎症作用があることが、細胞レベルや動物実験の研究で示されています。これらの作用が、動脈硬化の予防などに役立つのではないかと期待されています。
いくつかの疫学研究[3]では、ポリフェノールの摂取量が多い人ほど、特定の疾患リスクが低いといった関連も報告されています。しかし、これらの研究の多くは観察研究であり、ポリフェノールが直接的な原因であると断定することは難しいです。
また、 ポリフェノールの健康効果を期待するには、相当な量のワインを飲む必要があるという指摘もあります。ワインからポリフェノールを摂取しようとするよりも、他の食品からバランス良く摂取する方が現実的で健康的と言えます。
ポリフェノールを多く含む食品はいかのものがあります。
- ブルーベリー
- ダークチョコレート(カカオ70%以上)
- 緑茶
- オリーブオイル(エクストラバージン)
- クルミ
- ザクロ
- 黒豆
- 赤タマネギ
- リンゴ(皮ごと)
アルコールが糖尿病に与える影響
さて、ここからが本題です。アルコールは、糖尿病をお持ちの方にとって、特に注意が必要な飲み物です。血糖コントロールや合併症に様々な影響を与えます。
血糖コントロールへの影響
- 低血糖のリスク:アルコールは肝臓での糖の生成(糖新生)を抑制する働きがあります。そのため、インスリン注射や特定の血糖降下薬(SU薬など)を使用している方がアルコールを飲むと、薬との相乗効果で重篤な低血糖を引き起こす危険性があります。特に空腹時や運動後の飲酒は非常に危険です。酔っていると低血糖の症状に気づきにくくなる点も問題です。
- 血糖値の上昇:アルコール自体は血糖値を直接上げにくいです。しかしワインの中でも甘口のもの、ビール、日本酒、梅酒、カクテルなど糖質を多く含むお酒は、血糖値を上昇させます。また、つまみを食べ過ぎてしまうことも、血糖値を悪化させます。
- コントロールの乱れ:飲酒量が多くなると、自己管理能力が低下し、食事療法や運動療法、服薬がおろそかになりがちです。結果として、長期的な血糖コントロールが悪化する可能性があります。
- 体重増加:アルコールは意外と高カロリーです(純アルコール1gあたり約7kcal)。飲み過ぎは肥満につながり、インスリンの効き目を悪くする原因にもなります。
あるレビュー論文4では、適量飲酒が2型糖尿病の予防になる可能性も示唆されています。しかし、一方で糖尿病患者における低血糖リスクについても警告されています。糖尿病でない人と糖尿病患者さんでは、アルコールの影響は異なるのです。
合併症への影響
過剰な飲酒は、糖尿病の合併症リスクを高める可能性があります。
- 動脈硬化の促進:
飲み過ぎは高血圧や脂質異常症(特に中性脂肪の上昇)を招きやすく、動脈硬化を進行させる可能性があります。これは心筋梗塞や脳卒中のリスクを高めます。 - 神経障害の悪化:
アルコール自体が神経にダメージを与えるため、糖尿病性神経障害を悪化させる可能性があります。手足のしびれや痛みが強くなることもあります。 - 肝臓への負担:
アルコールは肝臓で分解されます。慢性的な飲酒は脂肪肝や肝硬変のリスクを高めます。肝臓は血糖コントロールにも重要な役割を果たしているため、肝機能の低下は血糖管理をさらに難しくします。 - 膵臓への影響:
大量飲酒は膵炎のリスクを高めます。膵臓はインスリンを分泌する臓器であり、ダメージを受けるとインスリン分泌能力が低下し、糖尿病が悪化する可能性があります。
専門医からのアドバイス
糖尿病専門医として、日々多くの患者さんを診察する中で、アルコールとの付き合い方についてご相談を受けることがよくあります。私の立場から、いくつかアドバイスをさせてください。
まず、「赤ワインなら体に良いから大丈夫」という考えは、糖尿病をお持ちの方にとっては危険な誤解です。アルコールの種類(ワイン、ビール、日本酒など)による影響の違いよりも、摂取する純アルコール量がはるかに重要です。
もし、どうしても飲酒したい場合は、以下の点を必ず守ってください。
- 必ず主治医に相談する:血糖コントロールや合併症の程度から許容できる飲酒量はかわります。飲酒が可能かどうか、可能であればどの程度の量までなら許容されるか、必ず主治医に確認しましょう。
- 量を厳守する:一般的に推奨される目安は、1日の純アルコール摂取量で男性20g以下、女性10g以下です。ワインならグラス1杯(約120ml)程度、多くても2杯までにとどめるべきでしょう。
- 休肝日を設ける:毎日飲むのは避け、週に2日以上の休肝日を作り、肝臓を休ませましょう。
- 空腹時の飲酒は避ける:必ず食事と一緒に、ゆっくりと飲むようにしてください。糖質の吸収を穏やかにし、低血糖のリスクを多少なりとも減らすことができます。
- 低血糖への備え:特にインスリンやSU薬を使用中の方は、低血糖の症状(冷や汗、動悸、手の震え、強い空腹感など)と対処法(ブドウ糖や糖分を含む飲料をすぐに摂取する)をしっかり理解しておきましょう。就寝前の飲酒は夜間低血糖のリスクが高いため避けてください。家族やまわりの人にも、低血糖のリスクについて伝えておくと安心です。
- 糖質の少ないお酒を選ぶ:ワインであれば辛口、蒸留酒(焼酎やウイスキーなど)を少量、糖分のない炭酸水などで割る、といった工夫も有効です。甘いカクテルやチューハイは避けましょう。
- 定期的な検査:飲酒習慣のある方は、定期的に肝機能や中性脂肪などの血液検査を受け、体の状態をチェックしましょう。
そして最も重要なことですが、 糖尿病の治療において、アルコールは必須ではありません。「飲まない」という選択が、血糖コントロールや合併症予防の観点からは最も安全で確実な方法です。
私の経験上も、飲酒習慣が血糖コントロールを大きく乱す要因となり、治療に難渋するケースは少なくありません。「付き合いで仕方なく…」という気持ちも分かりますが、ご自身の健康を第一に考える勇気を持ってください。
結語
今回は、「ワインは糖尿病にいいの?」という疑問について、フレンチパラドックスや様々なエビデンス、そして糖尿病への影響という観点から解説しました。
結論として、ワイン(アルコール)と糖尿病の関係は単純ではありません。
「フレンチパラドックス」に過度な期待を寄せたり、「ワインなら大丈夫」と考えたりするのは危険です。
確かに少量の飲酒が一部の健康指標に良い可能性を示す研究もあります。しかし、それは全ての人に当てはまるわけではなく、特に糖尿病患者にとってはリスクの方が大きい場合が多いのです。
アルコールは血糖コントロールを乱し、低血糖のリスクを高め、長期的には合併症を悪化させる可能性があります。
糖尿病治療の基本は、あくまでバランスの取れた食事、適切な運動、そして必要に応じた薬物療法です。
アルコールがこれらの妨げにならないよう、賢明な判断が求められます。
もし飲酒に関して疑問や不安があれば、必ずかかりつけの主治医に相談してください。
あなたの体の状態に合わせた、最適なアドバイスをもらえるはずです。
参考文献
- Di Castelnuovo A, et al. Alcohol dosing and total mortality in men and women: an updated meta-analysis of 34 prospective studies. Arch Intern Med. 2006 Dec 11-25;166(22):2437-45.
- Wood AM, et al. Risk thresholds for alcohol consumption: combined analysis of individual-participant data for 599 912 current drinkers in 83 prospective studies. Lancet. 2018 Apr 14;391(10129):1513-1523.
- Tresserra-Rimbau A, et al. Polyphenol intake and mortality risk: a re-analysis of the PREDIMED trial. BMC Med. 2014 May 13;12:77.
- Koppes LL, et al. Moderate alcohol consumption lowers the risk of type 2 diabetes: a meta-analysis of prospective observational studies. Diabetes Care. 2005 Mar;28(3):719-25.

この記事を書いた人
都内の総合病院で糖尿病や内分泌疾患を専門に診療している医師です。総合内科専門医/糖尿病専門医/内分泌代謝科専門医/医学博士。年間2000人以上の糖尿病患者さんを診察しながら、学会発表や研究活動も行っています。このブログでは、日々の診療で感じた「患者さんが本当に知りたいこと」「わかりづらい医療情報をわかりやすく伝えること」を大切にしています。正しい知識を知ることが、安心への第一歩になりますように。