「インスリン=糖尿病治療の最後の手段」は誤解です

糖尿病治療を継続している患者さんがいます。

主治医は様々な理由からインスリン自己注射を勧めることがあります。
「インスリンって、今やらないといけませんか?」

患者さんからよく聞く言葉です。

インスリン=重症の糖尿病、末期、痛く面倒な治療。そんなイメージが、世の中に根強くあります。

けれど、それは正確な理解ではありません。インスリンは、糖尿病の進行を止めるための有力な手段です。

本記事ではその誤解を解き、日本人における早期インスリン導入の必要性まで、エビデンスとともに解説します。

インスリンは糖尿病治療の「最後のカード」ではない

インスリンは、人の体内(膵臓)で作られているホルモンです。
膵臓のβ細胞によって作られ、体中に作用します。


インスリンは血糖値を低下させる、唯一のホルモンです。
糖尿病では、この仕組みが壊れていきます。

1型糖尿病では、インスリンを全く作れなくなるため、治療はインスリン注射が必須です。

2型糖尿病では、最初は分泌が保たれていますが、次第に分泌量が減少し、効きも悪くなります。

日本人の糖尿病に多い「β細胞機能低下型の糖尿病」

欧米人と比べて、日本人の糖尿病には特徴があります。

それは「インスリンが出にくい」タイプの糖尿病が多いことです。
「インスリンが出にくい」糖尿病は痩せていることが多く、生活習慣だけでは改善が困難な場合もあります。

このタイプの患者さんは、血糖降下薬を続けるよりも、早期のインスリン導入が合併症予防に役立ちます。

なぜ糖尿病には「早期インスリン導入」が有効なのか?

β細胞に“休息”を与える

インスリン導入により高血糖が改善され、膵臓のβ細胞に休息が与えられます。

合併症の進行を防ぐ

良好な血糖管理が続けば、網膜症・腎症・神経障害といった合併症の進行を抑制できます。

エビデンス紹介:早期インスリン治療は安全で効果的

Weng Jらによる報告(2008)

この研究1は、発症直後の2型糖尿病患者を対象に行われたランダム化比較試験であり、世界五大医学雑誌のひとつである The Lancet に掲載されました。

発症早期にインスリン注射による集中的な治療を行った患者は、その後インスリンを中止したあとも、良好な血糖コントロールを維持できるケースが多くみられました。

この結果は、インスリン治療が膵β細胞の機能を保護・回復させる可能性を示唆しており、現在では発症早期の血糖が高い時期に、積極的にインスリンを導入する方針の根拠となっています。

インスリンは難しくない、怖くない

自己注射=つらい? → ペン型で簡単操作

ペン型インスリン注射器は非常に扱いやすく、痛みも少ないです。

低血糖が心配? → 適切な指導で回避可能

持続型インスリンは低血糖リスクが低く、安全に使える薬剤です。

具体的なインスリン使用方法はこちらをご覧ください。

専門医の視点:インスリンは「武器」である

インスリンは「最終手段」ではありません。

むしろ、合併症が出る前に使用すべき有効な武器です。

私自身、多くの患者さんでその有用性を実感しています。

よくある誤解:Q&A形式で整理

Q1. インスリンを始めたら一生やめられないの?

A. 一時的に使用して、その後に中止できるケースもあります。

Q2. 合併症が進んだらインスリン?

A. むしろ合併症が進む前に導入すべきです。

Q3. 仕事中の注射が恥ずかしいのですが…

A. ペン型注射器はコンパクトで、外出先でも問題なく使えます。

結びに:インスリンを“怖がらずに向き合う”という選択

インスリンは、糖尿病の進行を止めるための強力な手段です。

「最後の手段」ではなく、「必要なタイミングで使う選択肢」として見直しましょう。

特に日本人においては、早期導入こそが、合併症予防と生活の質向上への近道です。

参考文献

  1. Weng J, et al. Lancet. 2008 May 24;371:1753-60.

    この記事を書いた人
    都内の総合病院で糖尿病や内分泌疾患を専門に診療している医師です。総合内科専門医/糖尿病専門医/内分泌代謝科専門医/医学博士。年間2000人以上の糖尿病患者さんを診察しながら、学会発表や研究活動も行っています。このブログでは、日々の診療で感じた「患者さんが本当に知りたいこと」「わかりづらい医療情報をわかりやすく伝えること」を大切にしています。正しい知識を知ることが、安心への第一歩になりますように。

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